勾玉の魅力②

勾玉の魅力①勾玉(まがたま~たまゆら~たますりべ)魅力の尽きない宝物①で述べたように玉造温泉のみならず、勾玉を造っていた「玉造部」の歴史、また勾玉が多く出土されている地は全国に分布されていて、中には出雲の玉造(元は玉作)と同じ地名が近年まで、或いは現存しており、大阪市中央区玉造、宮城県玉造郡(現大崎市の一部)、熊谷市玉作、そしてなんと茨城県内にも旧玉造町(現行方市)がありました。

旧玉造町もまた、村の統合により名付けられた町名ではありますが、実は前途の玉造部が置かれていた歴史があります。また、ヤマトタケルが旧玉造町(井上付近)に現存する「玉清井」と呼ばれる泉に勾玉を落とした。との民話が「常陸風土記」に残されるなどの由縁があります。

そして、旧玉造に隣接していた常陸国行方郡玉作村→玉余村・玉川村→玉里村→現小美玉市と地名に現在でも玉が残り、一定の証となるか、周辺には判明しているだけでも八つの古墳が現存しているのです。その中でも国道355号沿いで走行車中からもはっきり確認できる全長85メートルの前方後円墳「三昧塚古墳」は今でも管理が行き届き、副葬品には冠や剣、はにわ、そして玉類も発掘されている歴史があるのです。茨城県内にも古代の勾玉に関わりのある地や品もあり身近に感じ取れるような気もしますが、調べれば調べるほど「勾玉」は奥が深く、謎も深まるばかりです。

しかし、古代より祭祀へのお供物、献上品、装飾品、副葬品として権力の象徴(ステータスシンボル)の用途があり、材質はより稀少で貴重な翡翠(ヒスイ)瑪瑙(メノウ)が価値があったことは間違いありません。

勾玉に似ているもの

日本特有の勾玉と伝わっていますが実は古代の交流で伝播したのか朝鮮半島でも発見されています。他にもメキシコの遺跡の出土品に勾玉によく似た形のものが発見されたとの学説もあるようです。また台湾の龍山寺などほとんどのお寺に備わる運試しのおみくじのような 擲筊あるいは跋杯(ベイジャオ)(ポエ)と呼ばれる赤い木片も勾玉を左右対称に切ったような形状です。他にも、日本の文様の一つで、太鼓や瓦、神紋・寺紋にも使用されている「巴紋」、もまた勾玉をモチーフにしたとの一説があります。また、関連性は薄いようですが勾玉に限りなく類似し興味深いのが白と黒の陰陽マークで馴染みのある「太極図」(たいきょくず)は陰陽五行や風水にも登場する東洋哲学思想で、中国文化圏で広く周知され、日本でも誰もが意味は知らずとも見たことはあるマークではないでしょうか。個人的には太極図で連想するのは中国は重慶の鍋料理で、とにかく辛い四川料理の代表格の一つ「重慶火鍋」日本人でも食べれるように辛さは控えめらしいのですが・・・内陸に位置する重慶の夏は暑さで雀が屋根から落ちてくると形容されるほど暑い街なのですが、冬だけではなく暑い夏でも市民は熱くて辛い火鍋を食べるのだとか、、、その理由として、鍋なら必然的に冬にカラダを暖めることが可能だが、暑い夏に辛い鍋をなどを食べることによりカラダが辛さを暑さと錯覚して発汗作用し汗をかくことで結果クールダウンに繋がることを中国の先人は知っていたからだ!と現地のガイドさんから聞いたことがあります。

辛い記憶もガイドさんの力説も手伝い、独特の勾玉に酷似した鍋の形状に強い印象が残っているのですで。「太極図」についての意味は諸説ありますが、白は陽、光、表、男、火、動を表し、黒はその対極で陰、裏、女、水、静を表し、万物の生成や成立ちには必要不可欠なものであり、対極している点は白にも黒があり、また黒にも白があり転じる意味も含んでいるようです。

※韓国の国旗などにも太極図らしい模様が記されていますが、中国文化圏の太極図とは無関係だと言い切っています。

勾玉の形の由来には、胎児の形や魂の形、動物の牙など諸説ありますが、類似している物はあれど宇宙の根源である太陽や月などの融合を鑑みると勾玉のような形に行き着くのが自然なのかも知れません。

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勾玉(まがたま~たまゆら~たますりべ)魅力の尽きない宝物①