合掌 なぜ人は手を合わせるのでしょう!?

神様、仏様、、おてんと様、、、おかぁちゃ~ん!!

絶対絶滅大ピンチ!そんな状況下 人は思わず瞬時に手を合わせてしまう傾向がありますよね!?

いったいなぜ人は無意識に手を合わせてしまうのでしょう!?

「救いを求める祈り」の他にも、「いただきます」「ごちそうさま」の食に対する感謝の意、「ありがとうございます」の相手を敬う意、「ごめんなさい」の謝罪の意等など色々なシチュエーションに於いて手を合わせる日本人は少なくありません。

神社仏閣の参詣参拝、教会の礼拝など「拝む」動作もまた、手を合わせます。
中でも最も手を合わせるイメージの強いものは、やはり、お葬式や法要、墓参、お仏壇に手を合わせて拝む「仏事」ではないでしょうか。
お坊さんの挨拶や、文章の結語にも用いられるのが いわゆる合掌です。
真言密教では なんと基本となる十二の合掌の他にも多数の手印があるそうです。

「右手は仏様、左手は生あるもの全てを表し、手を合わせることにより、一体となれる」・・・
如何にも爆問が司会進行する民法のテレビ番組でヒマなお坊さん達が集り、明確な根拠など無くても尤もらしくまくし立て言い切る方々が発言しそうなフレーズですが・・・

仏教が深く関係しているのか!?

確かに仏教徒は相手を敬う所作として合掌する。また合掌している仏像も多数あるので仏教と合掌の関係はより深いものでしょう。しかし、食事の前後に日常的に手を合わせる人すべてが仏教徒なわけではありません。

冒頭の神様、仏様、お天道様、お母ちゃん・・・仏さまは無論、仏教ですが他、神道や太陽神、道教や儒教、地母神やあらゆる神が対象であり仏教はその一つです。日常生活に於いて、葬儀、法要など今でも半数以上の日本人が仏教徒ではなくても仏式を選択するケースが多いため手を合わせるイコール仏教と勘違いしているのかも知れません。

仏教伝来の歴史は約1,500年余と言われています。そこから更に2,000年遡った縄文時代後期、手を合わせている土偶「合掌土偶」が造られていた事が発掘により証明され、国宝にも認定されている事実もありますので古くからの自然崇拝に於いても手を合わせる所作が存在していたのかも知れません。

また、神社では仏教と同じスタイルで合掌することはありませんが、柏手(拍手)と手を合わせる風習が地域差はあれど存在する。また合掌する聖母マリア様など合掌と呼ばずとも手を合わせる所作はあります。仏教でいう合掌も日本人特有の手を合わせることも、仕草は手と手(両手)を合わせますが、本質の意味や意義は自分以外の相対する対象物に手を合わせることであり、必ずしも手と手(両手)を合わせる行為を指すものではないのかも知れません。

例えば手刀を切る仕草(大相撲で勝ち力士が懸賞を受ける際の作法や自分も含む中年が人前を遮る際に取る仕草、手話の「ありがとう」表現方法、刑事ドラマで刑事が亡くなった被害者に片手を合わせる。など)は両手ではなく片手のみです。気功やハンドパワー、かめはめ波で例えると「気を送る」「力を注ぐ」行為にあたります。

目を合わせる意味は対象物に焦点を合わせることですが、手を合わせる行為には全く同じ意味が込められているのかも知れません。