塔婆(卒塔婆の疑問)塔婆(とうば)の原点は仏塔にあり!

【お墓の塔婆の疑問】塔婆(とうば)の原点は仏塔にあり!

 

塔婆(とうば)はお墓の供養に必要なのか?

塔婆にはどんな意味があるのだろうか?

塔婆はどんな時に建てるのか?
何枚も溜まった塔婆の処分はどうすれば良いのか?
等など、今回は塔婆に対する疑問を独自に検証してみたいと思います。
先ずは塔婆の由来から・・・
仏教国すべてが塔婆を建てる習慣があるわけではなく明確な由来は不明ですが、仏教国には仏陀を祀るために様々な仏塔を建て供養する習わしがあり、その仏塔をストゥーパと呼びます。
仏教国タイの仏教寺院にも多くのストゥーパ(仏塔)が建てられ、またミャンマーのバガン遺跡には数十万のストゥーパ(パゴダ)が建てられた現在でも数千のパゴダが建ち人気の観光地となっています。

実際に訪れ目にしたバガンのパゴダ群は圧巻で、いったい何故にこれだけ大多数の仏塔を建てたのか?と誰しも疑問を抱くと思いますがガイドの説明によると昔、競うように各集落がより多くの、より高いパゴダを建てたとの答えでした。

その仏塔を祀る風習が長い年月を経て後に日本に伝わり、五重塔や五輪塔などの仏塔(お墓)を造るようになり、やがて個々のお墓にも小さな仏塔、いわゆるストゥーパを建てて供養するようになり、そのストゥーパをいつの日か卒塔婆の漢字が当てられ現代では塔婆(とうば)として広く知られるようになったようです。塔婆の先端部分がギザギザになっている理由は五輪塔や五重塔を表し、お墓にも小さな五輪塔や五重塔を建てて供養したのだと考えられます。

一説には日蓮大聖人の手記に「お施餓鬼や追善供養、月命日などに塔婆を立て故人を偲び供養することで功徳を積み、安楽の世界で心静かに安らぐことができて、功徳を積んだ者も長生きすることが出来る」・・・のだとか、、、

現代では一般的に納骨、初七日、四十九日、一周忌などの法要の他にお彼岸、お盆に塔婆を建て供養する事が多いですが地域によっては毎回お墓参りの際に塔婆を建てる習慣もあります。

しかし今日では長く受け継がれてきた塔婆も時代が移ろいで木碑も塔婆も簡素化の傾向があり、宗派によっては塔婆を建てなかったり、時代の流れからか6尺(約1.8M)の塔婆を半分の3尺物にサイズ変更したり、塔婆自体を廃止したケースもあります。

確かに塔婆も木碑も放置すれば木は朽ちて白アリなどでボロボロになり決して景観的によいとは言えませんし、処分するにせよ寺墓地内や管理墓地で処分スペースが整っていれば別ですが今のご時世、簡単に燃やすことも煙をたてることも容易ではなく処分は困難です。

木碑も塔婆も先が尖っている理由の一つは土に突き刺して建てるためで、現代のお墓は御影石で覆った外柵と呼ばれる施工が殆どで、すなわち木曜も塔婆も土葬時代の供養方法の名残りだと言ってもよいでしょう。

直に土に塔婆を土に刺しておけば風で倒れたり折れたりして塔婆も長持ちしなかったと思いますが現在のお墓は御影石やステンレスの塔婆立てが設けられ塔婆も昔より長持ちするようになりました。

長持ちする故に古くなり、朽ちた塔婆も多数重ねてある塔婆を見かけますが景観も良くありませんし新しい塔婆二〜三本、古くなった塔婆はお寺のお焚き上げ、墓地内の処分所へ、処分場所に困る場合は小さく折って粗大ごみとして処分なさって下さい。

何となく忍びない、気持ちが進まない と言う方もいると思いますが全く問題ありません。

それでも気になると言うあなたのために・・

「お塔婆は故人に送るお手紙なのです。ご供養の気持をお塔婆に託して投函(供養)して下さい。」
とあるご住職のお話ですが、とても腑に落ちて得心できる説明だと思い、今でも塔婆のご質問があった際はこのご住職の一説を紹介させて頂いています。
時代が移ろいで木碑も塔婆も簡素化の一途ではありますが、基本的にはお墓参りはご先祖様も含めたご供養となりますが塔婆は故人お一人分の戒名が記され、故人お一人に向けたご供養であり故人に宛てたお手紙なのです、古き良き風習と捉えお塔婆を建てるご供養も良いことだと思います。