経木(きょうぎ)

昔懐かしい「経木」(きょうぎ)のお話

時は昭和45年頃、日本は戦後25年が経ち高度経済成長期後期、街には箱型スカイライン(通称ハコスカ)の2枚ドアハードトップが走り、世界的には音楽界に多大な旋風を巻き起こしたビートルズが解散した頃、各地の商店街も後に来るスーパーマーケットが進出する前で、観てはいませんが映画「三丁目の夕日」的なきっと活気のある時代でした。(当時ブログ筆者は小学校低学年)

その頃の商店街ではお肉などを包む袋はビニール袋ではなくスギやヒノキ等の木を紙のように薄く削った「経木」で、今でもあの質感と木の香りが懐かしい記憶として残っています。(当然のことながら当時は「経木」と呼ぶことなど知る由もありません。)お母さん達は今で言うマイバッグ、籐や竹を編み込んだバッグを持参しお買い物をしていましたが、当時の包装紙ではお魚や生ものの液だれを防ぎ切れなかったため、あのザックリと編み込んだ通気性の良すぎるバッグが最適だったのでしょう。

現在では無地のプラスチックのトレイもカラフルなお皿を模した洒落たトレイに進化し、レジ袋にはそれぞれのお店の宣伝ロゴ入りが主流となりました。その後環境問題に影響があるとされレジ袋有料化などプラごみを削減する方向性で、今や希少の「経木」が自然にやさしい素材として見直されているようです。

経木は素材が木のため、環境に優しいだけではなく通気性、殺菌性もあり味と鮮度を保てる観点から食材の包装紙のみならず有名なタコ焼きの容器や納豆の入れ物、そして「冷めてもおいしいお弁当」として首都圏では絶大の知名度がある崎陽軒のシウマイ弁当などに今なお使用されています。

シウマイ弁当のご飯はお米を蒸しあげて作る製法らしく、お弁当箱の素材として使用される「経木」は御櫃(おひつ)の役割を果たし余分な水分を程よく吸収し、冷めてもモチ米のようにモチモチした食感で美味しく食べられる「おいしさの秘密」が隠されているのだとか。

ところで経木のネーミングですが、一説には古くから文字を書くための紙代わりに使用され、鎌倉時代には木を薄く削いだ板に経分を書き死者を弔う追善供養に使用した歴史や現在でも地域によっては水塔婆(薄くて小さな塔婆に戒名を書いて川などに流す。)、経木塔婆・七本塔婆(小さな7本の塔婆をお墓の隅や裏側に供える)などの追善供養の名残があリます。

《まとめ》
古くは経文を書写、追善供養そして食材の容器や包装などに用いられてきた「経木」ですが、時代の移り変わりと共に姿を消し、プラスチックやビニール製品が主流となりましたが環境問題などの観点から見直され再び注目されているようです。中には肌ざわりも香りも楽しめ、書き心地も滑らかと、経木製のメモ帳もあるようです。

例えば完成までに手間も暇もかかる「和紙」なども経木と同じく風合いもあり、何より古来からの伝統文化に違いありません。生産性や効率も大切ではあると思いますが伝統文化も残し、そして伝承したいものです。