粉骨サービス 今後の動向

粉骨サービス業者急増

粉骨サービスを始めて早いもので今年で8年目になりますが同様の粉骨サービスを扱う業者もその間一気に増えました。
要因として海洋散骨や手元供養などお遺骨の扱い方の多様化したため粉骨業者が増え、特に2012年東京都小平市にオープンした都営樹木葬墓地がメディアでも大きく取り上げられた影響が大きな要因だと考えられます。

土葬文化から火葬文化に定着したからこそ粉骨サービスが生まれました。

PCやスマホを操る世代はかつての土葬文化をよく知らない世代ですが土葬であれば粉骨することは皆無で、火葬が定着したからこそ粉骨の選択肢が生まれたと言えます。

仏教伝来とともに火葬文化が我が国に伝わったとされているが弥生時代、縄文時代にも火葬はあり火葬骨、また火葬した形跡が残されているようです、その後明治時代には火葬禁止令などもありましたが大正時代以降は火葬が普及し現在ではほぼ100パーセントの火葬率で世界的にみても断トツの火葬国と言えそうです。

2016年の秋に「ゼロ葬」がNHKクローズアップ現代で扱われ話題となりました。
「ゼロ葬」とは火葬場から遺骨を持ち帰らず葬儀、骨壷、お墓、納骨、散骨、戒名、位牌全て無しの「ゼロ」にするという一つの葬送方法の考え方です。
しかし、現実的には近親者全ての理解や、火葬骨を持ち帰らなくても良いとする地域や火葬場が限られており加速度的な普及はないと思います。

ひとりの宗教学者の提唱が一夜にして文化まで変えてしまうということはないとしても「ゼロ葬」に関して一定の反響と既存の火葬文化への疑問を感じた方は皆無ではありません。

ゼロ葬の賛否は別として人が亡くなって遺骨になり、限りあるお墓の納骨室に貯めこんできたお墓文化は茨城県では常識ですが火葬骨の収骨も東日本では全収骨、西日本では部分収骨と異なり、お墓の納骨も茨城県では骨壷を納骨しますが地域にもよりますが遺骨のみ、布製の納骨袋収め納骨、一部の遺骨のみの納骨等など画一化されていないのが現状なのです。

今後の粉骨サービスの動向

茨城県内では火葬後の骨上げ(収骨)は全収骨となりますので骨上げの経験がある方であれば同じ「抵抗」を感じるはずです。それは成人のお遺骨の全収骨は7寸サイズの骨壺には入りきらず、係員が了承の上、棒状の器具で上から潰すのです。この遺骨を潰す場面は近親者には精神的苦痛に値するはず、個人的な意見ですが全収骨はともかく骨壺に潰しいれる行為、迷信的なのど仏の説明、最後に頭がい骨を納め顔を模す行為は全く持って不要だと思うのです。であればその場で粉骨サービスを施し持ち帰る骨壺の大きさも現在の半分以下で済むと思います。

現在では粉骨サービス専門業者の他にも葬儀社・石材店などでも粉骨サービスを提供している会社も増えていますので、前に述べた傾向や時代背景を鑑みると火葬場でも粉骨してくれる時代が来るかも知れません。