連合国最高司令官 マッカーサー

今から74年前の8月、昭和天皇が玉音放送による敗戦を告げた2週間後、厚木飛行場にGHQ総司令官マッカーサーが降り立ち開口一番

「ゼネラル石井はどこだ」と言った?とされています。

ゼネラル石井とは 元帝国陸軍軍医石井四郎中将

彼はある部隊の部隊長として知られています。
通称(関東軍 731部隊)石井部隊とも

現在ではハルピン郊外の本部跡地に731部隊博物館が建ち、観光客も増えているようですが建設される前にこの地を仕事で訪れた事があるのですが、そこにある小学校の片隅に731部隊跡地があり、小さな机に本が販売されていました。(内容は部隊が生体実験を行ったとされる悲痛な資料写真)

小雑誌のタイトルや写真に付けられた日本語はきっと日本人に向けられたメッセージなのか?妙な日本語に翻訳印刷され表題は「忘れることなかれ」近くには学校の校庭で無邪気に遊ぶ子供達!
何とも言えない痛烈な記憶で今でも鮮明に覚えています。

731生物細菌戦部隊(総称)
正式には関東軍防疫給水部

本部隊がペスト・コレラなどの生物兵器、毒ガスを用いた化学兵器の研究や、生体実験を捕虜や民間人をに人道的な人体実験を行ったとされ、3000人を超える犠牲者が出たとも言われています。
(南京事件同様、ねつ造で事実無根との反論もあります)

ハルピンにあった731部隊の本部は戦時中にも関らず冷暖房完備で様々な実験と研究を重ね、秘密裏にデータを収集していたようですが、戦況が悪化すると証拠隠滅のため建物は爆破され、実験データは元隊員たちが密かに持ち帰り、最終的には米軍の戦後の生物兵器開発に生かされることになります。

しかも、人体実験に手を染めた医学者、軍医たちは誰一人戦犯として裁かれなかった事実を鑑みれば、ソ連とのデータ争奪戦でアメリカ(マッカーサー)が裏取引した?マッカーサーが戦後間もない74年前の今日、真っ先に石井博士の居所を気にしていた事も頷けます。

真相は闇の中ですが、かなり黒に近いグレーなのでは?

「忘れることなかれ」
インパクトあり過ぎました!

いずれにせよ戦争という悪魔の歯車が動き出してしまうと誰も止めることのできない暴走列車と化し、原爆や細菌兵器などの大量殺戮兵器の製造開発に拍車がかかり、多くの犠牲者が出る結果となってしまいます。

戦争体験のない我々の世代もせめて8月くらいは過去の戦争から目を背けず今一度過去の戦争を少しでも学び、悲惨な戦争のない明るい平和を祈りたいものです。

令和元年(2019)の終戦の日である8月15日も過ぎ、日々猛暑・スーパー熱帯夜・異常気象の話題だけは事欠かず報道がありますが、あれ?決まってこの時期の風物詩であるかのように終戦にちなみ太平洋戦争に関する特集や映画、そしてアニメなど毎年TVで放送があるが今年は全くないことに ふと気付き、現代のメディアはTVだけではなく欲しい情報のみネットなどで吸収する風潮も強くなっている時代かもしれませんが、せめてTVくらいは子の時期の戦争特集を放映しないと戦争や核兵器の脅威って風化する一方ではないのか?

御人的には、この時期の8月6日午前8時15分(広島原爆投下)8月9日午前11時02分(長崎原爆投下)

茨城県内でも地元でもある水戸や日立でも艦砲射撃や空襲により多くの犠牲者が出ています。

そして8月15日正午(昭和天皇により伝えられた敗戦による戦争終結)には広島、長崎のみならず全ての戦争犠牲者を悼み、戦争のない恒久平和を祈願し黙とうする習慣があってもよいのではないでしょうか?二度と同じ轍を踏むことがないように・・・